何度も何度もセルに打ち込んでいた。何年か前の話だ。
医薬品による、患者さんの副作用の経過を転帰と呼ぶ。転帰がわからない場合は「不明」と打ち込む。
たまにキーボードがAになっていて、humeiとなってしまい打ち直しになった。もう何回目か数えるのもやめてしまったくらい打ち込んだ時、なぜか私はいつか「humei」というブランドを立ち上げようと思った。何のブランドかはわからない。
わからないは不快な状態だ。
新しい職場に移動して右も左もわからない時、近しい人の気持ちがわからずすれ違っている時、抽象度の高い映画を観ている時、自分の教養が足りないであろう本を読んでいる時。
不快であると同時に、わくわくも生む。
知らない言葉に出会ったら調べたり、ふいに言葉に実感を持てたりする。
今までわからなかったものがわかるようになったと、一歩進んでいる気持にもなる。
わからないは、何か変化が起きるかもしれないという期待を含んでいる。
だからhumeiという言葉に惹かれたのかもしれない。
一度わかると、わからない状態に戻れない。
不可逆。不可塑。
わかる前とわかった後のあわい。
中途半端な階層。
そのあわいには一時的にとどまっているだけのように思えるけれど、世界は私の範疇を超えて遥かに大きいので、一生わからないの全部を埋めることはできない。
ずっとわかる前とわかった後のあいだで生きつづける。
患者さんの転帰が不明のままでは困る。基本的に転帰は回復まで追跡される。「不明」を打ち込む仕事は「humei」を始めるきっかけであるだけで、いつでも患者さんの回復を願っている。