ファンタジー小説を読む醍醐味はどこにあるだろう。続きが出るのを待てないくらいのストーリーの魅力。ダレン・シャンのストーリーの続きが気になりすぎて、発売日当日に予約済みの新刊を受け取りに書店へ行った。十二国記の存在に気付いた日から3日間徹夜して既刊を読み続けた。または未知の世界への憧憬。ナルニア国物語を読んだ日には自分の家のクローゼットの裏にも未知の世界が広がってはいないかと、おそるおそる服をめくってみたこともあった。そして読者が主人公と共に味わった感情。主人公と共に泣いて笑った読書経験は、今でも体に残っている気がする。
ソフィア・サマタ―の『図書館島』を読んでいて久しぶりにファンタジーに夢中だったころを思い出した。
『図書館島』(2013)はソマリ系アメリカ人であり、アフリカ文学の博士号を取得しているソフィア・サマタ―によって書かれたファンタジー小説である。作者の初長編である『図書館島』は発表された2013年に世界幻想文学大賞、英国幻想文学大賞、キャンベル新人賞、クロフォード賞の四冠を達成した。
舞台はオロンドリア帝国と紅茶諸島である。 文字を持たない紅茶諸島のティオムという島で育ったジェヴィックは、家庭教師ルンレにオロンドリア語を習い、書物に夢中になった。 父の胡椒農園を継いだジェヴィックは、商売のためにオロンドリアに向かう道中、船の上で病にかかった同郷のジサヴェトという少女に出会う。
「言葉がこの中で生きている。オロンドリアの言葉が。この本の中には、千年前に生きていた人たちの詩が収められているんだ!記憶にはそんなことはできない―――数世代のあいだ、いくつかの死を残しておけるだけだ。永遠にとどめておくことはできない。本と同じことはできない」
『図書館島』P80
ジェヴィックが放ったこの言葉によって物語は動き出し始める。 この言葉を鋭く捉えたジサヴェトにジェヴィックは取り憑かれ、彼女の本を書くことになってしまったのだ。
オロンドリア帝国では、テルカン(オロンドリア帝国の王)の庇護下にある石に記された文字を読み解釈する<石の司祭>の一派と、かつて勢力を握っていた愛と死の女神アヴァレイを崇める一派で争っていた。オロンドリアでは死んだ人の霊を「天使」と呼び、天使が見える人は聖人とされ、アヴァレイ信仰のもとでは「アヴネアニー」とよばれ崇められる。<石の司祭>のもとでは聖人は精神病にかかっているとされ治療の対象となる。
ジサヴェトに憑りつかれた「聖人」ジェヴィックは勢力争いに巻き込まれていく。
書物で得た知識しか持っていなかった青年が実際にオロンドリアを訪れ、亡くなった人の物語を書く旅に出るというストーリーを楽しめる本であり、端々から言葉に対する熱意を感じる本でもある。
<石の司祭>の一派は石に刻んである言葉を解釈するのに人生を捧げており、その姿勢は聖典を持つ宗教を思わせる。アヴァレイの神官のアウラムや、旅の途中で出会う市井の民たちが物語を暗唱し聞かせてくれる場面は、口承文学や千夜一夜物語を連想させる。またジェヴィックがジサヴェトの言葉の音に文字を充てて書いていく作業は言語学で言う*記述を思わせる。
ジサヴェトは本の中で永遠に生きることになったものの、ジェヴィックの元を去ったジサヴェトにジェヴィックがもう一度会いたがっている場面が切ない。
書物にできることは少ないのかもしれないけれど、ジェヴィックの言うように書物は時を越えられる。私たちが今でも古典にアクセスできることがその証左である。時を越えられるのは書かれた言葉の大きな魅力のうちのひとつだ。
*未知の言語を観察し、分類し、整理してまとめること。
参考:
Geoff Ryman(2017)「AN AFRICAN FANTASY: SOFIA SAMATAR’S A STRANGER IN OLONDRIA」strangehorizons. http://strangehorizons.com/non-fiction/100african/an-african-fantasy-sofia-samatars-a-stranger-in-olondria/ (閲覧日:2023年2月7日)
黒田龍之介(2004)『はじめての言語学』講談社現代新書